ドッグランの近くのパン屋さん
今回の話には、ほとんど犬が登場しない。
パン屋のおっさんの話だ。
そして、この話をしてる私もおっさんだからおっさんしか登場しない。
あらかじめご了承下さいませ。
いつも遊びに行くドッグランの近くにパン屋さんがある。そこそこ美味しく、そして安い。
パンが100円〜200円。
ハンバーガーやサンドイッチが300円〜500円くらい。
隣にはカレー屋さんが併設されており、テイクアウトのカレーやピザも店頭に並び、どれもだいたい500円前後。
さらに午後5時くらいから、ハンバーガー、カレー、ピザが大幅に値下げされる。
なんと40%オフ!300円くらいで買えてしまう。
なのでドッグランの帰りによく利用させてもらっている。
その日もドッグランへ行き、しこたま遊んだ後にパン屋さんへ。
時間は午後5時前、店内には既に割引きの案内が出ていた。
"カレー、ピザ全品40%オフ"
"ハンバーガー30%オフ"。
さて今日は何にしようか?色々と物色して、下記5品を購入。
ピザ→40%オフで300円
カレー→40%オフで300円
ハンバーガー→30%オフで200円
パンを2個→通常価格で300円
これだけ買っても、ざっと計算して1,000円くらい。安い!
レジへ持って行くと誰もいない…。
しばらく待っても誰も来ないので、呼んでみる。"すみませ〜ん"
いつもは裏でパンを焼いているおっさんがこちらに気付き、周りを見回しながらレジへやってきた。
その表情からは明らかに
"え〜、なんで誰もいないの?"
という気持ちが滲み出ている。
"お待たせしました…"そう言いながらシブシブとレジへ入るが、まず何をしたらいいのかわからない様子。
"え〜っと…"と小声で言いながら何かを探しているが、何を探していいのかも分かってないくらい、焦った表情をしている。
しばらくモソモソした結果、レジの下からトングと袋を取り出し、チラッとこちらを見る。"正解ですか?"目がそう聞いている。
"何も問題ないですよ"
いつもの会計の時と変わらない表情をすることでそう伝える。
しかし、ここからが最難関。
レジ打ちである。
私も接客業の経験があるが、レジなんてものは触ったことがない人間からしたら、パンドラの箱も同然。触れてはいけない、開けてはいけない。そもそも触り方が全くわからない。
"え〜っと…"の頻度が次第に増えていく。もはやこっちがハッキリと聞き取れるボリュームだ。
"え〜、これとこれが40%オフなので…"
一応、そこら辺は把握しているらしい。少し安心した。
そしてパンやカレーを手に取りながら、不慣れな手つきで、レジを触りはじめた。
大丈夫なのか?
しばらくすると、すう〜っと顔を上げ自信なさげな表情でこちらを見る。
そして、"全部で800円です!"
"えっ?"思わず声に出してしまった。
そんなはずがない、安過ぎる。
概算でも1,000円は確実に超える。800円のはずがない。
パン屋のおっさんは私の反応を見て"やはり違ったか"と思ったのだろう、少し慌てた様子で
"すいません、もう一度計算します…え〜っと"とまたゴソゴソ始めた。
今度はレジを諦め、電卓を持ち出した。賢明だ。
商品とプライスを照らし合わせながら、ぎこちない手つきで電卓を弾く。
あーでもない、こーでもないとしばらくすると、今度は自信ありげな表情で目を合わせてきた。先程とは比較にならないほどハッキリとした声で、
"全部で600円です!"
"はっ?"一瞬時間が止まった。
なぜ更に安くなる?
もはや割引き商品が更に半額くらいの値段だ。
このまま会計を済ませばかなりお得だが、さすがにこの値段は良心が痛む。
"ちょっと安過ぎですよ"と言おうとすると、パン屋のおっさんはそれを遮るかのように
"このお値段で大丈夫です!"
もう引く気はないらしい。
ちゃんとした値段より安いことは自分でも分かっている様子だ。
恐らく、正解に計算することは諦めて、買い手が損をせず、納得して購入してもらうことだけを考えたと思われる。
絶対に高い方へのミスは許されない。そのため過剰に安い方へ保険かけた結果が600円なのだろう。
逆にこれ以上こちらから何か言うのは申し訳ない気になり、この値段に甘えることにした。
しばらくしてまたそのパン屋さんを訪れると、またあのおっさんがレジに入っていた。
不安な気持ちになり、遠目から様子を見ていると、慣れた手つきで電卓ではなくレジを弾き、軽快な声で値段を伝えている。
あれっ?
その日、またおっさんに会計してもらうことになったが、以前と違いひとつひとつの動作に自信がみなぎっていた。
そして、商品を渡される時に笑顔で"どうです?上手になったでしょ?"
私も笑顔で返し店を後にしたが、お釣りを貰ってないことに気付き、慌てて店に戻った。
がんばれ、パン屋のおっさん!